「安く買って、高く売る」。
投資の世界では、これほど当たり前の原則はない。
ところが今、ビットコインを企業の財務資産として大量に保有する「ビットコイン・トレジャリー企業」の一部が、その真逆とも言える状況に追い込まれつつある。
高値圏でビットコインを買い、株価が下落し、資金調達環境が悪化したところで、保有するビットコインを売却する。
まるで「高く買って、安く売る」だ。
もちろん、企業側にも事情はある。
だが、ここには単なるビットコイン価格の下落以上に重要な問題が隠れている。
それは、「ビットコインを買い続けることで企業価値を増やす」という、これまで成立していたビジネスモデルそのものが、どこまで持続可能なのかという問題だ。
「ビットコインを買う会社」という奇妙な存在
このモデルを世界に広めた代表格がStrategy(旧MicroStrategy)だ。
Strategyは、ソフトウェア企業という本業を持ちながら、大量のビットコインを保有する企業へと変貌した。
その発想は単純だ。
企業が株式や社債、優先株などを通じて資金を調達する。
↓
その資金でビットコインを購入する。
↓
ビットコインの保有量が増える。
↓
「ビットコインを大量に保有する企業」として株式市場から高い評価を受ける。
↓
株価が高くなれば、さらに有利な条件で資金調達できる。
↓
その資金でさらにビットコインを買う。
この循環が回っている限り、非常に強力だ。
Strategyは2026年5月時点で84万3,738BTCを保有しており、転換社債や優先株などを組み合わせた巨大な資本構造を形成していた。
つまりこれは、単純な「ビットコイン投資」ではない。
ビットコインを担保、あるいは中核資産として利用した資本市場ビジネスなのである。
そして、この仕組みを日本を含む世界中の企業が追随した。
日本ではMetaplanetが代表例だ。
同社は自社を「Bitcoin Treasury Company」と位置づけ、株式・債券などの資金調達を利用しながらビットコインを増やす戦略を採用している。
一見すると、非常に合理的に見える。
問題は――
この循環が逆回転したときだ。
「プレミアム」が消えた瞬間、ゲームのルールが変わる
ビットコイン・トレジャリー企業を見るとき、ビットコインの保有枚数だけを見てはいけない。
重要なのは、
「その会社が保有するビットコインの価値に対して、株式市場が何倍の値段をつけているのか」
である。
いわゆるmNAV(multiple of net asset value)だ。
例えば、会社が1,000億円相当のビットコインを保有しているのに、株式市場でその会社が1,500億円と評価されているとする。
この場合、mNAVは1.5倍。
企業には「ビットコインそのもの」以上のプレミアムがついている。
このプレミアムが存在するからこそ、株式を発行して資金を集め、その資金でさらにビットコインを購入するという戦略が成立する。
ところが株価が下落し、mNAVが1倍を割ったらどうなるのか。
会社の市場価値が、保有しているビットコインの価値そのものを下回ってしまう。
こうなると、新株を発行してビットコインを買い増すことが、必ずしも既存株主にとって有利とは言えなくなる。
むしろ株式の希薄化が「価値を増やす手段」から「資金を調達するための苦肉の策」へ変わってしまう。
Galaxy Researchも2025年の時点で、トレジャリー企業のモデルは株価プレミアムが維持されることが重要であり、NAV付近まで株価が下がれば株式発行の意味が変質すると指摘していた。
そして2026年、その懸念が現実になり始めている。
「買う会社」が「売る会社」になるとき
ここで最も象徴的なのがStrategyだ。
Strategyは長らく「ビットコインを買い続ける会社」の代表だった。
ところが2026年には、そのStrategy自身がビットコインを売却する局面に入った。
Reutersによれば、Strategyは2026年に入り、配当支払いやドル準備の補充などを目的として約2.18億ドル相当のビットコインを売却した。
さらに8月には、1,690BTC、約1.09億ドル相当のビットコインを売却したと報じられている。これで売却は4週連続となった。
これは、単純な「Strategyがビットコインに弱気になった」という話ではない。
もっと重要なのは、
「ビットコインを買い続けるための資本市場の循環が、以前ほど簡単には回らなくなった」
ということだ。
株価が上がる。
↓
資金調達しやすくなる。
↓
ビットコインを買う。
↓
ビットコイン価格が上がる。
↓
企業価値が上がる。
↓
さらに資金調達しやすくなる。
この上昇スパイラルが、逆回転する。
株価が下がる。
↓
プレミアムが縮小する。
↓
株式による資金調達が難しくなる。
↓
ビットコインを買えなくなる。
↓
場合によっては配当や債務返済のためにビットコインを売る。
↓
市場はさらに「この会社はビットコインを増やせない」と評価する。
↓
株価がさらに下がる。
ここまで来ると、トレジャリー戦略は「ビットコインを増やす仕組み」ではなく、巨大なレバレッジを抱えたビットコイン保有会社へと姿を変えてしまう。
「ビットコインそのもの」より危険なのは、資本構造かもしれない
ここが、この問題を考える上で最も重要なポイントだと思う。
ビットコインが50%下落したら、ビットコインを直接保有している投資家は、基本的に資産が50%減る。
しかし、ビットコインを大量に保有し、そのために負債や優先株を発行している企業の場合、話は違う。
会社には債務がある。
配当もある。
満期もある。
資金調達も必要になる。
つまり、ビットコインの価格下落がそのまま企業の資本構造に波及する。
Strategyは2026年5月時点で約67億ドルの転換社債と155億ドルの優先株式を抱えていた。
もちろん、これだけを見て「すぐ破綻する」と判断するのは早計だ。
Strategyには巨大なビットコイン資産があり、本業も存在する。
しかし重要なのは、ビットコイン価格が下がるほど、資産価値だけでなく「資金調達能力」まで同時に傷つく可能性があるということだ。
これは単なる現物投資とは違う。
そして、小さな企業ほど問題は深刻になる
Strategyのような巨大企業には、まだ選択肢がある。
ところが、比較的小規模なトレジャリー企業はそうはいかない。
ビットコイン価格の下落。
株価の下落。
NAVプレミアムの消失。
資金調達の困難化。
そして債務返済。
これが同時に起きれば、会社は「ビットコインを買う」どころか、「会社を維持するためにビットコインを売る」必要に迫られる。
実際、2026年には一部のビットコイン・トレジャリー企業が保有資産を売却し、債務返済や事業転換を進める動きが報じられている。
また、Forbesは2026年3月、ビットコイン価格の下落によって複数のトレジャリー企業がNAV割れに陥り、小規模企業では保有ビットコイン価値に対して10~75%のディスカウントで取引される例も出ていると報じた。
つまり、トレジャリー企業の「淘汰」は、すでに理論上の話ではない。
では、トレジャリー戦略は失敗だったのか?
ここは慎重に考える必要がある。
私は「ビットコイン・トレジャリー戦略は失敗した」と結論づけるのは早いと思う。
なぜなら、このモデルが成立する条件は確かに存在するからだ。
ビットコイン価格が長期的に上昇する。
↓
株価がビットコイン保有価値以上のプレミアムを維持する。
↓
そのプレミアムを利用して低コストで資金調達する。
↓
ビットコインを買い増す。
↓
1株あたりのビットコイン保有量を増やす。
この循環が成立する限り、非常に強力な資本政策になり得る。
実際、Strategyはこのモデルによって巨大なビットコイン保有企業へと成長した。
問題は、
「永遠にプレミアムが存在する」と仮定してしまうこと
なのだ。
市場は永遠に同じ価格をつけてくれるわけではない。
これから起きるのは「トレジャリー企業の二極化」かもしれない
今後、ビットコイン・トレジャリー企業は二極化する可能性がある。
一方は、
「本当にビットコインを買い続けられる企業」
だ。
十分なキャッシュフローがある。
債務負担が管理できている。
株主からの信頼がある。
資金調達能力がある。
そして、株式市場からプレミアムを与えられる理由がある。
こうした企業は、ビットコイン価格が下落しても生き残れる。
むしろ他社が売却する局面で買い増すことができる。
一方で、
「ビットコインを買っていること自体が企業価値になっていた企業」
は厳しい。
ビットコインを買う以外に明確な事業価値がない。
資金調達できなければ買い増せない。
買い増せなければ株価のプレミアムも維持できない。
プレミアムが消えれば、さらに買い増せない。
この循環から抜け出せなくなる。
最終的には、保有ビットコインを売却して債務を返済するしかなくなる企業も出てくるだろう。
「ビットコインを買うこと」が戦略ではなくなる日
ここからが、このテーマの本当の面白さだと思う。
トレジャリー戦略の本質は、実は「ビットコインを買うこと」ではない。
「ビットコインを増やすことで、株主価値をどう増やすのか」
である。
この2つは似ているようで、まったく違う。
100BTC持っている会社が200BTCになった。
それだけでは株主が儲かるとは限らない。
そのために大量の新株を発行していれば、1株あたりのビットコイン保有量は増えていないかもしれない。
多額の借金をしていれば、ビットコイン価格が下落したときの損失は大きくなる。
だから今後、投資家が見るべき指標は単純な「保有BTC」ではなくなるだろう。
BTC per share
mNAV
負債
優先株の配当負担
資金調達コスト
キャッシュフロー
そして、
ビットコイン価格が下落したとき、会社は何ヶ月間買い続けられるのか。
このあたりが重要になってくる。
「安く買える会社」になるのか、「安く売る会社」になるのか
結局、トレジャリー戦略の試練はここに集約される。
ビットコインが下落したときに、
「安くなった。もっと買おう」
と言える企業なのか。
それとも、
「資金が足りない。売らなければならない」
となる企業なのか。
この違いは決定的だ。
前者にとって弱気相場はチャンスになる。
後者にとって弱気相場は生存競争になる。
だから今後のビットコイン・トレジャリー企業を見るうえで、「何BTC持っているか」だけを見るのは不十分だ。
「その会社は、ビットコインが安くなったときに買えるのか?」
むしろこちらの方が重要なのかもしれない。
そして皮肉なことに、トレジャリー企業が本当に試されるのは、ビットコインが史上最高値を更新しているときではない。
誰もが強気だった時代が終わった後だ。
高値で買ったビットコインを抱え、
株価は下がり、
資金調達は難しくなり、
債務と配当だけが残る。
そのとき、それでも「買い続ける」と言えるのか。
それとも、「売らなければならない」のか。
ビットコイン・トレジャリー戦略の本当の実力が問われるのは、まさにこれからなのだ。
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